明暗

社会不安障害と鬱病もち

出来損ないニートになるまで①

簡単な自己紹介をしておくと、現在、精神疾患持ちのニートです。

ここに至るまでの経緯を話そうと思う。

 

1999年、4人兄弟の長男としてこの世に生を授かった。

父は優しかったが、早朝から夜遅くまで仕事をしていて、専業主婦であった母親との時間が大半を占めていた。

 

子どもに過剰な気遣いをさせるタイプの毒親であった母のもとで育ちながらも、少年期は好奇心旺盛で純真無垢に過ごす。

青年期に入ると、母親の顔色を伺う機会が常人のそれとは桁違いに多かったためか、他人の表情、声色、話の内容で、相手の求めていることをすぐさま感じ取り、先手を打って機嫌を伺うというのが習慣になってしまう。

そうして時折、謎の体調不良に襲われるようになる。

 

中学2年生の夏ごろ、母親と揉める機会が増え始めたが、今思い返してみても反抗期特有の子ども側に非があるタイプのもめ方ではなかった。それは追々語ることにする。

そんな心が落ち着かない日々に嫌気がさし、父親側のお母さん、要するに僕からすれば祖母にあたる人の家に中学3年生の10月ごろ、母親から逃げるようにして転がり込んだ。父親はその一連の流れに共感し同意してくれた。

 

おばあちゃんの家という家庭内の安寧を手に入れた僕は無事高校に入学した。

しかし、荒んだ実家を離れても今までの対人関係の癖がなくなるわけでもなく、他人からは順風満帆に人間生命を営んでいるように見えたかもしれないが、心の中はいつもざわざわしていた。

 

そうして高校2年(2016年)の12月ごろ、他人を気にするばかりの過ごし方が精神の限界を迎え、全日制高校を退学。

数か月の休養を経て、2017年の4月から通信制高校編入すると同時にアルバイトを始める。

バイトを始めて通信高校に編入してからなぜか気分が安定して朗らかな心情の日が割と多く、いまの所ここが人生の絶頂期だったと思う。

 

しかし、僕という人間はどこまでも愚かなもので、バイトをして半年経った辺りだったと思う。

脳内にある疑念が浮かんだ。ここで働いている社員たちは、なぜ絶望に満ちたような顔つきで出社し、退屈そうに仕事をしながら仕事の愚痴を垂れまくり、勤務が終わると楽しそうに帰っていくのだろう。

そう思った挙句、僕が導き出した結論はこうだった。

「ちゃんと勉強をせずに目的意識もなく就職するとこういう大人になってしまうんだ」

 

今考えると、なんて軽率で浅はかだったんだろう。

そりゃあ仕事は人生の大部分の時間を費やすものだし、自分の「好き」を仕事にしたほうが良いとは思うけど、仕事そのものに興味がない人や、仕事は仕事と割り切って余暇の時間を楽しむことに価値を置いている人だってたくさんいる。

そしてそういう生き方を否定したり、蔑む権利は誰にもない。

 

だが当時の自分は己のプライドを肥大化させ、価値観の多様性に目を向けることもなく、自分で導き出した絶対的な信念に基づいて、まず第一歩として大学受験をすることを決意した。

当初抱いた疑念が自分の人生を狂わすとも知らずに。

 

そうして中途半端な時期に全日制を退学したツケで同級生より1年遅れを取っていたので、実質高校三年生(2018年4月)の時点で、1年間続けていたバイトを辞めて本格的に学校の勉強と受験勉強に専念するようになった。

 

ちなみに、2017年辺りの時点で両親は離婚して母親が実家を離れて以来、既に成人していた姉を除いた僕ら残りの3人兄弟の親権は父親に委ねられたらしい。

だから祖母の家へと転がり込むことになった元凶が居なくなったので、高校三年生へと進級すると同時に実家へ戻った。

 

 

次回はこの続きから